一人ひとりの働き方や価値観の多様化が進む昨今。社員が「長く働きたい」と思える組織にするために、企業はどのようなキャリア形成を支援すべきでしょうか。キャリア視点を軸として、令和の時代に求められる組織づくりの在り方に迫ります。
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▼ゲスト
田中研之輔 教授
(法政大学キャリアデザイン学部教授/一般社団法人プロティアン・キャリア協会 代表理事/株式会社キャリアナレッジ代表取締役社長)
- Berkeley元客員研究員 University of Melbourne元客員研究員 日本学術振興会特別研究員SPD 東京大学 /博士:社会学。専門はキャリア開発。社外顧問を33社歴任。個人投資家。著書29冊
▼モデレーター
小山 清和様
(株式会社グッドパッチ Design Division HRBP)
松屋フーズで店長、ディップを経て2008年以降から人事に。2016年にグッドパッチに入社。採用面から組織づくりに関わり、東証マザーズ上場に貢献。2021年にデザインパートナー事業を担うDesign Divisionに異動。同年4月に設立されたDesign Opsに配属され、事業サイドからデザイン組織づくりに関わる。現在はOpsHRチームのマネジメントにも従事。
小山 それではSESSION A「優秀な人材が定着する個のキャリアを尊重した組織づくり」をはじめさせていただきます。私は株式会社グッドパッチでHRBPを担当しております小山と申します。よろしくお願いいたします。
田中 法政大学でキャリア開発を専門にしております田中です。現在は大学で教えながら企業顧問を担当しております。本日は最新のキャリア状況についてお話できることを楽しみにしておりました。よろしくお願いいたします。
キャリア形成の変化~組織内キャリアから自律型キャリアへ
小山 早速ですが、本日はまず「キャリア形成の変化」について考えていきたいと思います。というのも現在、キャリア形成に関してはちょうど転換期に当っているのではないかと感じているからです。
私は就職氷河期の最後の世代なので「会社で働く=就社」というイメージなんですね。企業の中でキャリアを築いていく、また転職そのものをあまりポジティブに捉えてこなかった方が少なくないのではないかと思います。
キャリアについて比較的保守的というか、企業の中で人生を歩んでいくという印象でしたが、直近では変わってきているように思えます。
田中 私たちは現在、コロナによるパンデミックを乗り越えていける社会を構築する局面にありますが、キャリア形成においては明らかな変化が見られています。組織にキャリアを預ける時代から自ら主体的にキャリア形成していく時代へと転換しています。。
私はこれを「パンドラの箱が開いた」と表現しています。組織内キャリアと自律型キャリアというふたつの選択肢があって、どちらを選ぶんですか、と私たちに迫っているわけですね。
経済界では2019年5月に経団連の中西宏明会長が日本型雇用の制度疲労に言及していましたが、同時期に政府も「働き方改革」や「70歳雇用に関する努力義務」を発信し、多様な働き方を支援するというイノベーションが起きています。
つまり、経済界の変化、政府の変化、そしてコロナによる社会の変化が3つ合流しているのが現在なんです。
大企業も人事施策や評価、それに中期計画において自律型キャリア形成に向けたシフトを開始しています。上場企業のIRレポートにも「これからは自律的キャリアだよね」という言葉が踊るようになっており、私たちはそのような転換期の中で日々働いているのだ、と捉える必要があります。
2022年は人的資本経営元年
小山 経済界、政府そして社会が変化する中で、日本でも人に対して投資を行い、結果的に会社の成長力や価値を高めるのが重要だという人的資本経営の考えが広まりつつあるという印象を受けます。
田中 そうです。ですから今後キャリア形成について振り返った時、2022年は人的資本経営元年だったと言えると思うんです。
人的資本は最大化と情報開示というふたつの課題から考える必要があります。このうち情報開示に関しては、ISO30414(人的資本に関する情報開示のガイドライン)において、組織の中でひとりひとりの人材が活躍しているのかどうか透明性を高めていく必要があります。
ダイバーシティや生産性、ポスト、あるいはガバナンスのフレームに関する情報開示を上場企業は準備していかなければなりません。情報開示について準備を進めている企業の場合、すでに中期計画へのセットアップは終了している段階です。
ですから人的資本に関する2つの課題のうち、情報開示については終わっているんです。
ただし、もうひとつの課題である人的資本の最大化は非常に難しいんですね。なぜかというと、人的資本を最大化するためには今まで働いてきた経験や組織風土、文化を抜本的に変えていかなければならないためです。
数十人程度のベンチャー企業が新しい文化を作っていく上では、ゼロからイチの風土を作り拡大させていけばいいわけですから、自律型キャリアはとてもフィットするしピッチも速い。
でも、10万人の大企業の場合、今まで組織内キャリアを考えればよかったのになぜ働き方を主体的に変えていかなければならないの、という疑問が社内に生じてしまうんです。これをどう変えていくか。
私は2022年に取り組んできましたが、2023年にはより人的資本を最大化するためのアクションプランが問われることになるでしょうね。
キャリアトランスフォーメーション
小山 今の若い世代の方々は変化の中で生きていますけれども、私たちの世代以上では凝り固まった常識に支配されがちです。自分を振り返っても、働き方を主体的に変えるなど自ら変革していくのは難しいように思えるのですけれども、キャリアを形成していくためには何が重要なのでしょうか。
田中 個人として必要なのは変容、トランスフォーメーションです。わかりやすく言うと、変身できるかどうか。
今までのキャリアを内側から変えて、破っていけるかということで、私は「CX」という造語を使っています。「キャリアトランスフォーメーション」ですね。
では何をすれば良いのでしょうか。キャリアの領域には、キャリア形成とキャリア開発という言葉があります。
キャリア形成は「3年働いていたのでこんなことができるようになりました」という考え方なんですけれども、現在求められているのはキャリア開発。自分で集中的に主体的な行動を継続していくぞ、という姿勢なんです。
刻々と変わる環境に応じて、自分の働き方を変幻自在に変えることができる「プロティアン・キャリア」について解説している私の著書「プロティアン 70歳まで第一線で働き続ける最強のキャリア資本術」の中にある「プロティアン人材チェック」では「英語の学習を続けている」「月に2冊以上、本を読む」など15の質問に答えることで自分を知ることができるようになっています。
小山 「こうなりたい」「できるようになりたい」と思っても、継続が一番難しいですし、行動に移せない人も多いのではないでしょうか。
田中 実は、どんな人にも自分の人的資本を最大化させているアクションプランがあるんですね。たとえば趣味。皆さん、より良いパフォーマンスを自分で探す行動を持続させています。
ゴルフならフォームを撮影して過去の自分と比べたり、プロと比較したり。そういった行動フレームをビジネスシーンにも持ち込むべきなんです。
私たちはもっとハイパフォーマーになっていかなければなりません。勤務時間を増やすのではなく、テクノロジーを活用しながら時間あたりアウトプットをどれだけ増やすのかが重要であり、そのためにキャリアトランスフォーメーションをしていかなければならないのです。
個のキャリアと組織作り
他責思考から自責思考へ
小山 キャリアに対する考え方の変化は、採用にも影響しはじめているように感じます。コロナ前まで、求職者は福利厚生が手厚いか、勤務先が近いかといったウェルフェアを重視していましたが、最近では心身を充実させながら働けるかというウェルビーイングが注目を集めています。
ウェルフェアは手段に過ぎず、ウェルビーイングが本質的になってきているという印象です。
田中 経営者や人事の方々は誰しも、優秀な人材に定着して欲しいと思っていますよね。ウェルビーイング・心理的幸福感は自分で獲得し育て維持していくものです。
小山 私は以前、転職した際に自分のキャリアがまったく評価されず「人生が詰んだな」と思った時期があったんです。このままだと給料も上がらないと焦ったのですが、その時に自分で「他責だな」と気づいたんですね。
会社が、とか誰かが、と原因を他に求めてしまっていた。でも、100%ではないにせよ、そもそも自分自身に問題があるのではないか、自分自身が変わらなければいけないのではないかと考えるようになったんです。
よく「まわりが」と言いますが、周りは変わってくれませんよね。ですから自分を変えていこうと考えが変わりました。
最近はコーチングの勉強をしており、実は昨日で1年間学び終わったんです。自分のコミュニケーションの改善やマネジメントに活かせるのではないかと考えたのですが、当初の目的とは違う変化もありました。
成果を確かめるために訪れたクライアントから新しい気づきを得たり、新たなつながりを紹介していただけたり。自分を変えようと思った行動が予期せぬ結果に結びついてプラスになっています。
田中 小山さんのお話を伺って思ったのは、私が著書「プロティアン」で伝えている重要なフレームです。他責思考から自責思考へ。
自責思考とは何かと言うと「圧倒的当事者意識」です。クライアントにとって大切なのは何なのか、自分の仕事は社会にとって何を為すのか、という自責。
「個人のパーパス」とも言えます。自分を律しながら、ワークパフォーマンスを持続的に高めていくわけですね。
過去志向から未来志向へ
田中 もうひとつキャリアトランスフォーメーションで重要なポイントが「過去志向から未来志向へ」という視点です。
これまで業務フローはすべて過去対比で考えられてきました。1on1もそうですが、過去に比べてこうです、先月に比べてこうです、なぜこれしかできないんですか?とやってしまっている。
経営戦略と事業戦略は未来に向かって立てますよね?でも、キャリアに関しては過去の評価しかしてこなかったんです。
たとえば1on1を評価の時間だと思っている人も少なくありませんが、違うんです。個人の能力をコーチングメソッドやカウンセリングメソッドを使って伸ばす時間。気づきの時間なんです。
動画などのテクノロジーも使いながらうまくやっていけば、50~100人のユニットであれば3ヶ月で組織内エンゲージメントと自律スコアは上がります。1,000人でも6ヶ月、1万人でも1年以内。
ただし10万人になると3年くらいの中期計画に盛り込んで組織内エンゲージメントを上げていく必要があります。個人の主体性を重視して持続型の行動を応援していくよ、という制度や評価を整えていけば10万人以上の組織でも3年で効果が上がるんです。
組織としての変化すべき点
キャリアフィードバックを科学的・客観的に
小山 当社では事業部内HRにコーチング機能を実験的に取り入れています。エンゲージメントについてもツールを用いてコンディションを測定しており、従業員が少しでも課題を抱えている場合のフォローをはじめたところなんです。
田中 私は診断系の独自プログラムを開発し企業に提供しているのですが、何をやっているかというとスタティックモデルによる静的分析からダイナミックモデルへのトランスフォーメーションです。60問の設問でキャリアを定点観測し、客観的な基準として数値を利用します。
キャリアは今まで、組織に預けていたことが問題でしたが、もうひとつ極めてアナログで主観的だったことも問題でした。
たとえば小山部長がいて私がメンバーだったとしますよね。すると小山部長が「田中くん頑張ってるよね、頑張っているように見えるよ」こんなことをやっているわけです。
「ありがとうございます。がんばってます」で終わってしまいますから、そうじゃないよねと。
我々はHRテックを使いながらキャリアフィードバックをより科学的に、客観的にやっていかねばならないと考えています。データが溜まってくれば、どの領域で何年目の社員がどんなキャリア成長をしているのか可視化されますし、次はAIで分析が可能になりますので、フェーズを進めていきたいと思っています。
小山 人材ポートフォリオのような?
田中 そうです。人材ポートフォリオ的なんですけれども、たとえば職務経歴書とはまた違って、グロース要因を把握するんです。どれくらい変化したか、成長したか。
サッカーのチームがランニング前に血を抜いて乳酸値を測りますよね。すると、本人は頑張ろうとしているけれど、肉体的には疲労が溜まっている、ケガが近いなと分析できます。
こういうことをキャリア分野でもやらなければいけないな、と思っているんです。どういう状態なのかを可視化できれば、キャリアのブレーキ要因がわかりますから。
私は六角形のチャートを使うんですけれども、どこの領域が悪いのか・弱いのかがわかるから、そこを集中的に、社内インターンや副業、研修プログラムなどの打開策が見えてきます。
小山 主観的だとそういうことはわからないですよね。
田中 ビジネスパーソンの生産性や組織としての競争力を高めていくためには、属人的なフィードバックにしないことが重要です。
医者はコンディションを見ればどの医者でも同じような処方をすることができます。だから問題が解決されやすいわけですよね。
キャリアの問題も基本的にはどの年齢にも特徴があって、キャリアの問題には処方箋を用意できるんです。キャリアの悩みを10割解決できるとは言いませんけれども、9割は解決できるところまで来ています。
企業が取り組むべき最初の一歩とは
小山 ありがとうございます。そろそろお時間が迫っていますね。本日視聴されている方々の中には経営者や人事の方もたくさんいらっしゃいます。中には「とはいってもなかなかすぐにはできないよ」と感じる方もいらっしゃると思います。
せっかく本日視聴していただいているので、せめて最初の一歩としてやったことがいいTipsをご提供できればいいかなと思っています。
田中 本当に簡単なことで言うとふたつあります。ひとつは皆がキャリアリテラシーを高めていく行動をしていくことです。
いろいろな情報があります。ネットで調べてもいいですし、今まで知らなかったキャリアに関する知識を経営層でも人事でも、どのレイヤーでもアップデートしていく。これは今日からできます。
そしてもうひとつは、行動を持続する仕組みです。私は自律型のキャリア形成ドックを「プロティアンキャリアドック」として大手企業に導入しているんですね。
全体でキャリアリテラシーを把握する、そして1on1で行動目標を設定し3ヶ月、6ヶ月と伴走していく間に社内の公募制とかインターン、副業にチャレンジするという形にする。今日のテーマでもある行動を持続する仕組みを用意するんです。
予算がないとおっしゃる場合がありますが、実は予算は余ってるんですよ。コストを再配分するんです。
今までは集合研修を全国の支社から飛行機や新幹線を使って集めてやっていましたよね。全社研修なんてどの企業でもやっています。
これをオンラインで的確にできるようになれば、コストを抑えられます。コストを再配分し、人への投資として必要な伴走型の自律型キャリア開発に向ければ企業は伸びていきます。これら2つをやれば良いと思います。
終わりに
小山 人事はどうしてもコスト部門だと言われますけれども、従来と同じやり方で考えればそうなってしまうとおもいますが、環境が変わったという前提で発想を切り替えていかなければいけませんね。
田中 より良い働き方を作るのは経営者や人事の方々です。人的資本経営は外部ではなく自分たちの組織でやるわけですから、当事者意識を持ってもらって、今のメンバーをいかに伸ばしていくのか考えていきましょう。
私がよく言っているのは、「人事の役割として求められているのは人の可能性を伸ばす秋元康さんですよ」と(笑)。プロデューサーになってくださいね、とお伝えしたいですね。
小山 私も人事にとって、人の可能性を信じるというのが大事だと思っていて、最後にそれを聞けて良かったなと思いました。
田中 ぜひ、またご一緒しましょう。
小山 本日はありがとうございました。